なぜ浜崎あゆみとめまいと耳鳴りの話が一日では終わらないのか

まさか浜崎あゆみの話を書くとは思わなかった。

だいいち僕はふつうの小父さんなのであゆのことなんか何も知らない。彼女の音楽は一曲も知らないし、コマーシャル以外で彼女を見たこともない。で、なんの話かというと突発性難聴だ。病気になったあゆ本人が驚くのは当然だけれど、メディアが驚くのは不思議だ。こんなにありふれた病気なのに奇病のように書かれてはつらかろう。

実は僕も突発性難聴が原因で「左耳はほとんど機能しておらず、治癒の術はない」のだ。

もう20年近く前になる。仕事がやたら面白い時期があった。来る仕事は断らなかった。働き盛りの年齢だったので指名が集中してくるのも当然だったろう。朝早くから会社に出て、夜遅くまで働いて、休日は遊び回っていた。そんなある日、左耳に違和感を感じた。エレベーターの中で気圧が変わったときのような、プールで潜ったあと水が耳に入ってしまったときのような、そんな違和感だ。

「なんだか耳になんか詰まってるみたいなんだよ」
「心配だから耳鼻科に行ってみたら」
「いやだなあ、仕事あるのに」

ヨメに促されて会社の近くの耳鼻科に行った。医者は

「めまいはありますか?ない?それでも精密検査をした方がいいね。紹介状を書きましょう」

と言って自宅からほどちかい大学病院を紹介してくれた。

「ああ、これは突発性難聴ですね。よくある病気です。ステロイド剤を点滴しますからしばらく通ってください」
「どれくらいですか?」
「一週間くらいは通ってください。仕事は休めますか?」
「それは、無理です。」
「安静にしていたほうがいいですよ。ほんとうに眩暈はないですね」
「ありません」
「まあ、それならいいけれど…」

しばらくは会社に遅く行くようにして、病院に通った。病院までは自転車で行く。春の花が咲いていて、気持ちがいい川沿いの道を走った。何日か通ったが、特に症状の改善もない。ある日、なんだか自転車がふらつく気がした。なんだか自転車がグニャグニャしているように頼りなかった。あ、これって眩暈かな?

「なんだか眩暈がでてきたみたいです」
「左の聴力も少し戻ったのにまた悪くなってますね。色々心配なので他の検査もしましょう」

脳波をとったりMRIの機械に入ったり、いろいろ検査を繰り返した。耳が詰まった感じはそのままだ。
そんな数日が過ぎて、ある朝、僕は自宅のベッドの中で目を回した。猛烈な眩暈だった。

寝ているのに、目を開けると視界が回るのである。最悪なときはブラウン管のテレビ画像が上下に流れるように視界がぐるぐる回るのである。それから、胃袋がからになるまで吐き続けた。からになっても吐き気は収まらなかった。
眩暈が30分も続いたあと、ヨメに付き添われて病院に行くと、医師は診断をくだした。

「これはメニエール病です」

それを聞いて、また僕は目を回した。

(つづく)