なぜ楽器を持って銀座を歩くと幸せな気持ちに満たされるのか

versaloft2007-01-29



楽器の調整を頼みに銀座まで行った。
もちろんわざわざ銀座まで行かなくても大久保当たりにいいお店はいくらもある。が、この店で買った楽器だし、仕事場にも近いので結局ここへやってくるのである。

高校生のころ、自分の楽器が欲しくて小遣いを貯めていた。漫画や本を買うのを我慢しても、お年玉を全部貯めても、ぜんぜん及ばないので、昼飯代を親からもらうことにして、昼飯を買わずに、それも貯めていた。もっとも、それでもぜんぜん及ばないのであった。
音楽の先生がそれに気づいて、僕には言わず、親に電話をかけた。
「昼飯を食べないとチビのままだから、楽器ぐらい買ってやってください」
当時の僕は150センチ台のチビ助だったのだ。おかげで僕は再び昼に母親の作る弁当を食べる生活に戻った。

その冬のある日、僕は母親と銀座にいた。
山野楽器は、今は大きなビルになってしまったが当時はエレベーターもない4階建ての建物だった。そこで新品のアルトサックスを買ってもらったのだ。
さんざん試奏して楽器を選んだ。彫刻のないセルマーのマーク6。当時はアメリセルマーもまだ普通に売られていたし、ヤマハも柳沢もクランポンもあった。親に無理を言っていることが分かっていたので、数万円だけだがちょっと安い彫刻のない楽器にした。でも、セルマーだ。フランス製だ。
店の外に出たら空はもう真っ暗だったが、新品の楽器の入った新品のケースを下げて歩くネオンの街は素晴らしい風景だった。その時のことは今でも忘れられない。

あの電話のおかげで、僕は自分の楽器を手に入れ、その年から翌年にかけて、周りがびっくりするほど背丈が伸びたのだった。

大人になってもっと高級な楽器を買うチャンスが何度かあったけれど、僕はこの彫刻のないセルマーを手放す気にはなれなかった。きっと前歯ががたがたになっても、一生吹いているだろう。