なぜ国立はいつも適度に懐かしいのか

国立の街で、ぽっかりと空いた時間が出来てしまったので、ひとりでぶらぶら散歩する。
高校生のころから馴染んだ街だけれど、知らないうちにどんどん変わっているんだなあ。おしゃれなお店も増えているし、国立楽器にはレコードはもちろんCDもなく、ピアノが並んでいるだけだ。昔よく行った喫茶店「ガラス玉遊戯」は別のお店になっている。あのころ、入り口のドアのすりガラスにお店の名前が彫られていたんだけれど、その書体が美しくて、大好きでした。ガラス玉ではカレーも良く食べたっけ。おいしいカレーだった気がするが、吉祥寺の「まめ蔵」とごっちゃになっている。ドライカレーだったかサラサラだったか、どっちなんだ?
懐かしいと思いながら、いい加減な記憶が情けない。

ふと思いついて、マンガ喫茶というところに入ってみる。初めての経験。
「こちらのご利用は初めてですか?」
と見透かされたのはきょろきょろ珍しそうにしていたからだろうか。
一時間360円。その後は10分おきに60円だという。三時間パックだと900円だというが、それがふつうなのかな。わけもわからないので一時間のコースにしてもらう。
小さな小部屋を指定され、そこへ行くとリクライニングできる椅子と、足を乗せられる台があり、正面にはデスクトップのコンピューターがある。安い録音スタジオのアナウンス室を思わせる。とにかく狭いが、この狭さも味のうちなのかもしれない。周りの仕切りはそれほど高くはなく、ふつうの男子ならちょっと背伸びすれば中がうかがえるぐらいである。ドアは壁と同じ程度の高さで、膝から下ほどが抜けている。微妙な個室である。早い話が怪しげ。他の部屋も埋まっている様子だが、あまり人の気配がない。もちろん話し声も聞こえない。
飲み物は自由に飲めるというので、そのコーナーへ行ってみる。たしかにお茶や冷たいウーロン茶などが出る機械があり。コーヒーもエスプレッソが出てくる。コーヒーを自分でマグに入れる。豆は安そうだが、味は案外まともだ。ふつうの喫茶店とかわらない。通路はすべて本棚で、マンガの単行本が並んでいる。古びてはいるので、古書店のようでもある。特にめあてもないので、目についた「日露戦争物語」という単行本を3巻ほど抱えて、部屋に入った。江川達也という漫画家の特に熱心な読者でもないが、タッチがきれいなのと、場面展開が面白いので目に付けば読む。この人は自分が面白いと思うものを書いている、という気がする。時に独りよがりだったり、なぜそこにそこまで執着するのかと感じるときもあるが、それこそが作風なのでむしろ好ましい。マンガの内容は日露戦争の名参謀の一代記のようだが、幼少期から描かれるので、大長編のようだ。もちろんそうでなければ描けない話なのだろう。一時間でようやく二巻まで読んだ。かなりのスローペース。もうマンガ読みとしては引退時期なのかもしれない。
一時間で退散したが、ここまで閉鎖的な、引きこもり空間は初めて経験した。あそこで一日つぶしたら、どんな気持ちになるだろうか。時間つぶしにはもってこいだと思うけれど、つぶし方についてはできれば選びたいと思う。

国立の街中はお祭りらしく、大学通りは露店でいっぱい、歩道は人でいっぱいだ。ひとりの散策には向いていない気がしたので、「邪宗門」を訪ねる。この古い喫茶店は未だ健在だ。高校生のころすでにクラシックな雰囲気だったが、その印象は今も変わらない。むしろ、むかしのまま年をとっていない印象。そういえば、汲み取り式トイレも変わっていなくて驚いた。
古いランプや時計がぶら下がる昔なじみの空間に、お客もおじさんがたくさんいて、場違いな気がしないので心地よい。ウィンナコーヒーをいただいて、待ち合わせの時間までゆっくりと持参した文庫本を読む。
さあ、6時だ。旧い友達に会いに行こう。

たまにはこんな休日もいいな。