なぜ島の大きさを実感しているのに小さい旅に感じられるのか(佐渡紀行 その6)

ようやく佐渡も3日目だ。話が長くてすみません。

小木のはずれ宿根木の宿「花の木」に泊まっているところまで書いた。部屋もいいし、人もいいし、晩飯もいい。素晴らしい。特に新米のシーズンだけあって飯は最高だ。満腹なのに最後に濃いお茶でお茶漬けにしてしまう。窓の外は雨だがそれも風情がある。しかし明日も雨ならどうしようかなあ、と思いながら部屋で本を読んでいるうちに気を失う。まだ9時頃だったと思う。

わけのわからない夢をたくさん見て、6時頃目が覚めた。テレビをつけたらニュースはどこもオリンピックはブラジルに決まったという。東京は負けたのだな。外が明るかったのでカメラを持って散歩に出てみたが風も雨も次第に強くなって来て、傘が役にたたず、部屋へ逃げ帰る。犬の散歩の人が多い。部屋に戻って出発の準備をするが、晴れるのか雨なのかわからないので逡巡する。都合のいい方に賭けるしかない。晴れると決めて、浴衣からサイクルウェアに着替える。

8時に朝食。まだ雨は強い。

朝飯もうまい。みそ汁もうまいが漬け物もいい。もちろん飯もうまい。三杯食べてしまう。食後、置かれている本の中に「自転車旅行の楽しみ」というタイトルを見つけた。面白いので、そのまま読んでしまう。共感する事が多かった。
このまま雨がやまなければ、またバス移動だ。しかし小木から赤泊までのバスは、朝の7時便を逃したいまでは夕方までないらしい。さてどうするか。

チェックアウトが10時なので、ぎりぎりまで待たせてもらう。天気予報はまだ晴れないと云っているけれど、少し明るくなって来た。女将さんがいうように「玄関から見える空が明るくなって来たら、そのうち晴れる」らしいのだ。この時点で自走を決心する。

広い駐車場で、自転車を組み立てた。水をボトルにもらい、ひとつにはアクエリアスの粉を入れて疲労回復に。もうひとつは真水のままだ。ちょっと小雨があるが、晴れると決めてまずは小木の港に出た。寂しいのはあいかわらず。

ここからは、ひたすら海沿いを行くだけ。大きなアップダウンは少ない。漁村から漁村への岬を回るのに、上り下りとトンネルがある。海はこれまでと違ってうねりがある。でも、想像していたような日本海の荒波ではない。天気はどんどん上向きになり、青空になって来た。

赤泊のあたりで、小休止。日差しが強くなり、暑い。朝の心配が嘘のようだ。ソイジョイを齧り、アクエリアスを飲む。写真も撮ってみる。コスモスと、ヒガンバナ。南側の斜面は島の北側に比べて温かいのだというが、植生はあまり変わらない気がする。

12時過ぎ、さすがに空腹を憶えるが、食堂らしいものは道中のどこにも見当たらない。水津という漁村を通ったとき、農協の売店があったので寄ってみた。

残念ながら期待していた「新米のおにぎり」は売り切れだった。カップ焼きそばとカレーパンを買う。お湯をもらって腹ごしらえ。店員さんは農協の職員でもあるのか、あまり田舎っぽくない。親切な人だった。自転車で回っているというと、それはたいへんでしょう、と労られる。スポーツイベントで大勢が猛スピードで駆け抜ける事は知っていても僕のような自転車旅行の人はまだ少ないようだ。

思えばこの辺りが下のコッペパンの右端、小佐渡のとっさきだったのだろう。ここから大きな峠がいくつか続いた。二回ほど、どうしてこんなところでと思うような場所で力つきて、自転車を押すことになった。情けない限りである。エネルギーが切れて来たのか、それとも自覚しているより坂の斜度がきついのかもしれない。

道路標示が時たま現れ、ゴールである両津が近づいているのがわかる。右の海に大佐渡の山が見えてきた。フェリーらしき船の影も見える。もう一息だ。

なんだか道路にクルマが増えて、信号も時々見るようになった。と思ったらもはや両津の町中である。あっけない。本日の走行距離は62km。休憩時間も含めて4時間ほどの道のりだった。のんびり旅行にはこの程度の移動がちょうどいい。たいした距離じゃないが、ヘタレ自転車乗りにはこれが限界かもしれない。

両津の宿は老舗の吉田家旅館。大きな宿である。港と湖に挟まれた場所に立っている。
チェックインにはまだ少し早かったので、荷物を置かせてもらい、近所のスーパーマーケットへ行く。佐渡の新米を東京の家に送ってもらう手配をするためだ。5kgで1750円。送料が740円であった。これがいちばんのお土産だ。

吉田家には二つの風呂がある。地下と、露天だ。地下は大浴場でお湯を堪能できる。屋上にある露天からは湖が一望できる。湖を渡ってくる風が心地よい。一晩に三回も露天に通ったが、ついに人に会わなかった。

大きい旅館なので団体旅行用のものを想像していたが、なかなかよろしい。建物は年季が入っているが、畳も新しくサービスも行き届いている。最近の宿には珍しく、温かい夕食を部屋に運んでくれる。目のくりくりした若い仲井さんが甲斐甲斐しく働く様子もよろしい。
風呂上がりのビールと、食事の時の冷酒が効いて、テレビを眺めながらいつの間にか寝てしまった。

明け方目が覚めて手洗いへ。外を見ると満月が明るく北金山を照らし湖に映っていた。静かな佐渡の風景である。自転車旅行は想像していたダイナミックなものではなく、いくらこいでも地図の上をちょっと移動するだけの、自分の小ささを思い知らされる旅だった。それなりに充実して、楽しかったけれど、こんな美しい月を分かち合う事さえままならぬ。一人旅の気楽さと寂しさはセットであるなあ。ここへ流された世阿弥もこんな月を見て、こんな気持ちになったのだろうか。

夜が開けたら佐渡を離れて新潟へ渡る。そこでは友達が待っている。