なぜ自分の中に棲んでいる生き物のことをじっと見るのか

鏡を見ると、犬がいる。

ひげを生やしている。犬だからな。ちょっと毛がのびている。床屋に連れて行ってやらねば。パジャマ姿のまま眠たそうにこちらをみている。犬だからな。

犬は散歩好きだ。でも近頃は連れて行ってやらないのでまた太りはじめている。その贅肉は何だ、と言いたいが散歩に連れて行かない俺が悪い。この犬は酒も飲む。外食もする。酒が好きなのは俺も好きなのでかまわないのだが、毎日飲むのはいけないと思う。仕事の付き合いで食事に行くと、ばくばく食べてしまうのだ。ごくごく飲んでしまうのだ。犬だからしかたないのだが、少し控えさせなければ。

シャワーを嫌がらないのは助かる。嫌がる犬を洗うのは骨が折れるから。ついでに体重計に乗せて見ると68キロもある。この犬はくいしんぼうである。おいしいものを見ると、食べてしまう。ぶくぶくに太った犬を連れて歩くのも気が進まない。みっともないのでなんとかやせてくれないかと思うが、犬は勝手にやせたりはしない。散歩に連れて行かないと太るのは道理である。散歩はもちろんだが食事を少し減らして、酒も控えるようにしてやらねばなあ、と考えながらバスタオルで拭いてやる。

犬小屋の掃除も忘れてはいけない。この犬はやっかいなことに花粉症だ。朝起きたら寝室には掃除機をかける。スイッチは弱にして2回かけるのがコツなのだ。空気清浄機のフィルタにも掃除機を忘れないでかける。これが結構効果がある。空気清浄機を導入する前は夜中に犬がくしゃみを始めるので寝ていられないのだった。
花粉症と言えば、鼻うがい、というものを導入した。生理食塩水にワセリンを加えた専用液があって、これを小さい哺乳瓶のようなもので鼻に流しいれる。ふつうの水道水ではプールで咽たときのように鼻の奥の粘膜がツンと痛むものだが、生理食塩水だとそれがない。鼻うがいにはちょっとコツがあって、「あ〜」と声を出しながら流しいれるのだ。すると鼻から喉へ液が流れ落ちてくるのである。犬が痛がらないので俺も嬉しい。

天気がいい。ひさしぶりに会社まで自転車で行くことにする。春とはいえまだ寒いので俺はつらいなあと思うが犬は喜んでいる。犬は散歩が好きだからなあ。俺もこれで犬の贅肉が落ちてくれれば嬉しい。しばらく走れば身体も温まり、俺も犬もゴキゲンになるのだ。犬は寄り道が好きだ。俺も好きだが往路から寄り道していてはいつ会社に着くか分かったものではない。犬の鼻先を前に向けて、先を急がせる。会社に着いたら犬の着ていたものを着替えさせる。そのままだと汗が冷えて犬が風邪を引いてしまう。

仕事中、犬はおとなしい。時々コーヒーを欲しがる。時々あくびをする。薄暗くした部屋で、プロジェクターをつかった退屈な会議はあぶない。犬が飽きて寝てしまうからだ。犬が寝てしまうと、俺も寝てしまう。コーヒーは欠かせない。できればフリスクも欲しい。

昼飯。犬にはドッグフードと相場が決まっているが、俺が食べるものが犬の食事なのでそういうわけにもいかない。今日の犬は何が食べたいのかな。でも放っておくと好きなものばかり食べてしまうのがいかん。ダイエットを考えて炭水化物を減らし、野菜を多めにしてやろう。食事が済んだら忘れずに歯を磨いてやること。

犬が病気になるとやっかいである。医者に連れて行かねばならない。身体の病気なら養生するに限るが、こころの病は困る。云うことを聞かなくなる。以前、仕事が忙しく犬にかまってやれない日々が続いたら、いきなり耳が聞こえなくなったり、元気がなくなってしまった。俺が大丈夫なら犬も大丈夫だろうという根拠の無い甘えや依存がそこにあったようだ。それ以来、犬のことを考えて大事にするようになった。簡単に言えば犬の様子をよく見るようにしたのだ。今の犬と俺との関係は頗るいい、と思う。

犬は子供たちが好きだ。子供たちも犬が好きなようだ。休日は家にいるので、いつも一緒に遊んでいる。俺も嬉しい。昔はもっと活発だった気がするが、年齢とともに落ち着いてきたのだ。はしゃぎすぎるということがない。

いつかこの犬がいなくなってしまうことがあるのだろうか。
そのとき俺はどうすればいいのか。

犬にはずっと元気でいて欲しい。そのためにも散歩に連れて行ってやらねばなあ。