なぜ赤坂のホテルの昔を思い出して感心しているのか

ホテルニュージャパンが赤坂にあった頃のことは、もう忘れられかけているだろう。

いまは跡地にアメリカの保険屋さんが巨大なビルを建てたので、そっちの方が有名かもしれない。そのホテルはもともとは藤山愛一郎がつくった「東洋一」の豪華ホテルだったらしいが、僕の学生時代にはオーナーも怪しい乗っ取り屋で有名な横井英樹になり、もはや押しも押されもしない「やばい」ホテルだったと思う。政治と金と裏社会が交錯するようなイメージがあったが、多分その通りだったろう。

学生時代のサークルは、誰が始めたのか毎年11月3日文化祭の最終日、ニュージャパンに会場を借りて宴会をした。今思えば学生がホテルで宴会なんて生意気もいいところだ。そういう派手なことをして周りが驚いたり眉をひそめたりするのを楽しんでいたのかもしれない。もっとも僕らの頃はすでに惰性になっていて、なぜそうなのか考える間もなくホテルになだれ込んでどんちゃん騒ぎをしていた馬鹿者なのでお許し願いたい。
その愚かな伝統も、まもなく終わってしまった。1982年2月にホテルが燃えてしまったからである。

そのホテルの地下には「超」高級ナイトクラブがあった。一晩遊べば大卒サラリーマンの初任給が消えると云われた。その名をニューラテンクオーターという。もちろん、存在は知っていても入ったことなどないのだが、この本を読んでその実態を初めて知った。力道山だけじゃないんだ、エピソードは。

赤坂ナイトクラブの光と影―「ニューラテンクォーター」物語

赤坂ナイトクラブの光と影―「ニューラテンクォーター」物語

作者はこのナイトクラブの支配人で、店のこと、客のこと、働く人々のことを丁寧に活写していて面白い。ここには書けないことも多いのだろうけど、この手の本にしてはめずらしく嘘が感じられない。

おしゃれなこと、かっこいいこと、それがまだ一般社会には無く、ほんの一部の人に独占されていた時代の話。テレビ局やマスコミも同様に、普通の人が普通に働く会社になってしまったが、そうして世の中はつまらなくなっていったんだなあ。