なぜ墓参りのご褒美にいただいた新蕎麦がうまくて感心しているのか

墓参り。

父親が亡くなってからもう20年以上経つ。高尾のお山の墓地に眠っている。墓参を疎かにする気持ちはないのだが、春先は敬して遠ざけている。杉花粉のせいである。花粉症の僕にとって、この時期の高尾山はつらい。高尾のお山は花粉の巣窟である。春先の中央線上り電車は、乗客とともに花粉が充満していて乗っただけで目がかゆくなるほどだ。

今日は珍しくいいお天気で、気温も高い。行くなら今だと家族で出かけた。朝早めに出かけたので、まだ道路も混まず、順調に行き着いた。墓を掃除して花を飾り、線香を焚く。クシャミのでない墓参はありがたい。

その後、昼時なのでどこかで飯を食おうと、当てもなく多摩の山の中を走る。カーナビとか、便利なものは一切持っていないので、地図と勘が頼りだ。武蔵五日市の駅近くに、佇まいからしてうまそうな蕎麦屋を見つけて入ってみる。名前を「魚鶴」という。大きくない店内だが、いい感じのオーラがそこかしこに出ている。今年はちょっと遅くまで新蕎麦があるというのでおろし蕎麦で頼むと、とてもうまい。香りもよく、量もたっぷりの蕎麦がうれしい。これで酒が飲めればと思うが、いきあたりばったりだったのに、美味しいものが食べられて文句は言うまい。うれしいなあ。

ちょっと遊ぼうかと、近所をクルマで走りまわる。橋のたもとの、開けたところへ出たのでクルマを川辺に駐めて子供を遊ばせる。日差しが温かく、4月の花見頃の陽気だ。梅がどこも綺麗に咲いている。

川の流れを眺めながら、思いがけない初春のピクニックを楽しんだ。墓参りするといいことがあるなあ。